東大の非常勤講師として勤務された大学生時代。起業、進学、就職と様々な選択肢がある中、成長できる環境を求め、林さんが選んだ道とは?

【Vol.13-1 ★STARMARK® CEO 林正勝氏 キャリア編】

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MYGOAL 第13回目のインタビューは、★STARMARK® CEO 林正勝氏。

バンドに熱中された大学生時代。バンド活動に忙しくされる中、東大の非常勤講師として勤務、ベンチャービジネスの立ち上げ、海外留学・・と学生時代から様々な活動をされてきた林さん。現在、シンガポールを拠点に、日本人として誇るべき伝統・文化を世界に広く伝えることをされていらっしゃいます。

林さんのキャリアについて、そして私たち学生にむけてのアツい言葉をたくさんいただいたので、ぜひ読んでください!!

《★STARMARK® CEO 林正勝氏 インタビュー記事一覧》

  1.  東大の非常勤講師として勤務された大学生時代。起業、進学、就職と様々な選択肢がある中、成長できる環境を求め、林さんが選んだ道とは? ←今ここ
  2. 「日本のよいものを世界へ 世界のよいものを日本へ 伝統のよいものを現代へ 現代のよいものを伝統へ」林さんの事業にかけるアツい想いとは?

バンドに熱中。自分のバンドためにつくったHPが話題に。

エイミー:学生時代はどう過ごされていましたか?

林さん:大学時代はバンドに熱中していて、バンドをするお金を稼ぐため、1日に4つくらいバイトを掛け持ちしていました。経験したバイトは、全部で30種類くらいになるかと思います。バンドで必要になるアンプ代や楽器代を、バイトで一生懸命稼いで、バンド練習して、ツアー周って・・という日々を過ごしていました。

その当時、自分のバンドのHPを、海外のWEBサイトをマネして作ってみたんですね。当時は今と違ってブログがなかったので、0からWEBサイトを作るしかなかったんです。そうしたら、その作ったバンドのWEBサイトが話題になり、企業から「会社のWEBサイトをつくってくれないか」と僕宛に仕事が入るようになったんです。それでも稼げるようになっていきました。

早いうちからたくさんのことに触れてよく勉強すれば、その先の人生の価値が上がる。

エイミー:大学では何を専攻されたのですか?

林さん:慶應義塾大学の経済学部に進みましたが、大学にはほとんど行っていないです。東京大学の先端科学技術研究所の野口教授のところで、ネットの技術の勉強や研究をしながら、そこで非常勤講師として働いていました

エイミー:え!学生ではなくて、非常勤講師ですか?

林さん:WEBサイトが作れたので。当時、WEBサイトが作れる人って全然いなかったんです。研究所での経験から、僕はビジネスをつくる方に興味が向いていきました。どうしたらお金が稼げるのか、どんなサービスが作れるか、ということを学生の時から考えて動いていたので、社会人になって初めて、大人とお金の話をする、という状態ではなかったんです。

そんな風に「学生だからできない」ということはないので、学生の皆さんも早いうちから、たくさんのことを経験するのがいいと思います。スタートは早ければ、早いほうがいいんですよね。早いうちからたくさんのことに触れて、よく勉強すれば、その先の人生の価値が上がります。

自分が一番「成長」できそうな環境はどこか。

エイミー:大学卒業後の進路はどう選択されたのですか?

林さん:学生の時から父の会社の口座を借りて、ベンチャービジネスをやっていたので、まず一つは自分で会社をやっていくという選択肢があって。ホストファザーに勧められた、スタンフォードに入ってph.D.(博士号)を取るという選択肢もありました。いろんな選択肢がある中で、自分が一番成長できそうな環境はどこか、というのを探しました。

まどろっこしいことをこの時代にやってたら間に合わない。

エイミー:その環境というのがリクルートだったのでしょうか?

林さん:そうですね。就職活動では、いろんな会社の人と話す機会があったんですけど、「一人前になるのに10年かかります」「何年下積みです」と、そんな話ばかりだったんですよね。僕は「そんなまどろっこしいことをこの時代にやってたら、間に合わないよ」と思っていたんですけど、リクルートは違いました。

「1年目、1日目、1秒目からプロとしてお金もらって働くのだから、しっかり一人前のつもりでやってもらわなきゃ困るよ。お客さんに失礼でしょう。仕事を取ってくるまでは、会社のお荷物なんだから。」と、そういうスタンスだったんです。それが、すごいピンときたんですね。僕の感覚と合ったんです。

ハングリーで自分で考える力を持った人が多かった。

林さん:また、成長できる環境というのに、僕はライバルが大事だと思っているんですけど、他の会社は同期を見たときに「この人たちには勝てるな」と思ったんです。でもリクルートは「すごい!そんなことやっているの?」と同期の魅力がすごかった。とにかくハングリーで、自分で考える力を持った人が多かったんです。

当時から「将来は起業しよう」と思っていたので、それも早期退職制度があるリクルートを選んだ理由の一つでした。リクルートで勉強させてもらって、仕事の成果でリクルートに恩返しをして、30歳で起業しようと。その通り、30歳でリクルートを退職しました。

日本の文化をもっと世界に知ってもらわないといけない。

エイミー:起業された事業の内容はどう決められたのですか?

林さん:起業のテーマとして、まずリクルートの事業と被らないことが一つ。そして、日本には人口減少といった問題がある中で、世界に日本の伝統や文化をもっと知ってもらわないといけない、と思っていたんです。

エイミー:日本の伝統、文化ですか?

林さん:学生の時から海外によく行っていて。アメリカはサンノゼ、オーストラリアはシドニーに長期滞在して、その海外での生活で日本が世界で勝てるものはそんなにないんだな、と分かったんです。

日本が車で世界に追いついたように、最初はアメリカから始まったものを日本のトヨタが抜いたと。しかし今や、アメリカでも、日本でもなく、他の国の製品が世界でたくさん販売されていますよね。素晴らしかった日本の製品が、中国、台湾に追いつかれているんです。

そういうことを知って、こういうものっていずれ奪われてしまうものなんだ、と感じました。今勢いのある中国も、いずれどこかの国にその地位を奪われてしまう。アフリカかインドかに拠点が移ってしまうと。というときに、その国から奪えないものは、伝統や文化だと思ったんです。

伝統や文化に関する仕事をやっている人がいるかというと、いたんですが人数が足らない。リクルートの仕事でもないと。それで、日本の文化や伝統に関わる仕事を自分も手伝いたいと思い、起業しました。

つづき!

「日本のよいものを世界へ 世界のよいものを日本へ 伝統のよいものを現代へ 現代のよいものを伝統へ」林さんの事業にかけるアツい想いとは?

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