会社に入社して3年目。「自分はスノーボードが好き。よしプロになろう!」と思い立ち、北海道、ニュージーランドへ。

【Vol.12-1 クロマーツアーズ 代表 西村清志郎氏 キャリア編】

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高知県出身、カンボジア関連書籍出版のほか、旅行会社、ゲストハウス、レストランなどを運営。高知県では「はりまや橋ゲストハウス」を運営中。ライター・フォトグラファーで、執筆、撮影業務なども行っている西村さんの後悔をしない人生の歩みや考え方をまとめました。

《クロマーツアーズ 代表 西村清志郎氏 インタビュー記事一覧》

  1. キャリア編 会社に入社して3年目。「自分はスノーボードが好き。よしプロになろう!」と思い立ち、北海道、ニュージーランドへ。 ←今ここ 
  2. キャリア編 オーストラリアでの大学進学。自分のトラウマと向き合ったカンボジア孤児院ボランティア。人生は予想できない。
  3. 学生にむけて編 全てのビジネスは人。どの「じんざい」がチームに加わるか、存在するかによって会社は変わる。4つの「じんざい」あなたはどれに当てはまりますか?
  4. 学生にむけて編 あなたのことをきちんと知ろうとしてくれる人なんか、世の中そんなにいない。学生インターンの受け入れを何年もされている西村さんが語る、働くのに必要な心構え。

ゆる~く自由に生きた学生時代

尾崎:学生時代からキャリアを教えていただけますか?

西村さん:小学校、中学校は普通で、高校はパソコンを学べる通信科がある高校に入って、高校卒業後は旅行関係の専門学校に入ったんだけど、それらに関しては明確な意思があったわけではないんだよね。本当にざっくり、適当。ほとんどみんな一緒だと思うんだけど、高校時代から本当にやりたいことが決まっている人ってごくわずかじゃない?

親に言われたからってレベルはあるかもしれないけどね。実際社会に出ていろんな仕事を見てからじゃないと本当になりたい仕事なんか分かる訳もないし。僕が専門学校を旅行関係にした理由はなんとなく添乗員とか、英語が話せればかっこいいかな~くらいで、テレビとか本を読んでの自分が持ってる勝手なイメージで深い意味はゼロ。旅行会社で働きたかったわけでもないしね。

尾崎:小中高生の時バイトをしていたと伺ったのですが、なぜバイトをされていたんですか?

西村さんそれは自分の趣味のためかな。別に裕福な家庭じゃなかったから、自分が好きに使えるお金がほしかったからっていうくらいで深い意味はないよ。小中高と新聞配達をしていて、夏休みはガソリンスタンドで働いたり、スーパーで魚をパックしたり。専門学校時代はディスコ、今でいうクラブでバイトしてたけれど、そこにいった理由も意味はなくて。強いて言うなら、時間が合って、楽しそうだったからかな。

尾崎:なかなか小中学生でバイトする子は少ないと思って、素直に面白いなと思ったんですけど、クラス内ではどういう立ち位置だったんですか?

西村さん:ちょっと目立ちたいっていう、よくいる馬鹿な子ども。なにかを考えているわけでもないし、賢くもなかったし、成績もずっと中の中くらい。クラスのおちゃらけ者は別でいたのでセカンドとかサードライン。

バブルがはじけた直後の就職活動

尾崎:専門学校卒業後のキャリアについて教えていただけますか?

西村さん当時バブルがはじけたっていうのが一番大きいんだけど、時代背景でいうと僕の生まれた時が第二次ベビーブームっていう一番就職人口が多い時代なのね。だから社会に出る時に就職の倍率がすごく高くて、完全な買い手市場。だから旅行関係だけではなくて銀行関係とか、いくつか受けたのね。旅行関係の学校だから銀行なんて全く関係ないんだけど、なんとなくまっとうな仕事だと思ったから。

それで面接の練習を兼ねて最初に地元の服屋さんを受けたら、いきなり内定をもらったのね。人間って内定をもらうとダメだねー、親や先生も一応内定が決まったということで一安心して、自分も他の会社を受けるのが面倒くさくなっちゃって。銀行は一社受けたんだけどもちろん落ちて、そのまま地元の服屋さんに就職。一応、地元では優良企業だったけど、僕自身、ファッションに興味なかったし。なんか楽そうみたいな感じで。

ふと思い立ち、雪を求めて北海道、海外へ

尾崎:それ以降の社会人から、退職するまでのキャリアについて教えていただけますか?

西村さん:結局5年ぐらいその会社にいたのね。会社ってどこもそうだと思うんだけど、1年目で頑張っていろんなことを覚えて、2年目は反復練習で、3年目になったら次のステージを考えないといけない。石の上にも3年っていうんだけど、そこでやっと仕事全体が見えるようになってくるのね。これ本当。それで僕も後輩を育てるっていうステージに立ったんだけど、「これでいいのかな?」ってやっとその頃になって思い出したんだよね。その時に、ふと自分はスノーボードが好きだなって、よしプロになろうと急に思い立ったのね。それで働いていた会社を辞めて、北海道のスキー場でバイトしながら1シーズンこもっていました。

そして、雪が解け始めたから、移動してまたスキー場にこもろうと思って、南半球のニュージーランドに3カ月行ったのね。で、長く滞在するためにワーホリビザを取って。英語を話せるようになったら生活も2倍楽しいんじゃないかと思ったから、午前中は地元の英語学校、午後はスキー場っていうスタンスで滞在。でも当時、全く英語を話せなくて、学校で最初に渡された教材が小学校で使われる英語の本のコピーだったから、これは時間もお金ももったいないなと。それで語学学校を休学して、本屋で同じ本を買って午前中は図書館に通って、午後はスキー場に行くという日々を過ごして、ある程度英語を覚えた頃に英語学校に戻りました。

つづき!

オーストラリアでの大学進学。自分のトラウマと向き合ったカンボジア孤児院ボランティア。人生は予想できない。

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