学生時代から海外バックパック!その滞在国はなんと90か国以上!旅での出会いから導かれた「弁護士」という自分の進むべき道。

【Vol.8-1 SAGA国際法律事務所 代表弁護士 堤雄史氏キャリア編】

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MYGOAL 第8回目のインタビューは、SAGA国際法律事務所 代表弁護士 堤雄史氏。

学生時代、開発途上国で出会った貧しい人を助けたいと弁護士になることを決意された堤さん。 2010年に日本の弁護士資格を取得された後、アジア最後のフロンティアとして注目されるミャンマーにて独立され、アジア新興国に展開する法律事務所の代表をされていらっしゃいます。 また弁護士というお堅いイメージとは裏腹に、学生時代からバックパックで世界を周られ、その滞在国は90か国以上とのこと!

堤さんのキャリアについて、そして私たち学生にむけてのアツい言葉をたくさんいただいたので、ぜひ読んでください!!

《SAGA国際法律事務所 代表弁護士 堤雄史氏 インタビュー記事一覧》

  1. キャリア編 学生時代から海外バックパック!その滞在国はなんと90か国以上!旅での出会いから導かれた「弁護士」という自分の進むべき道。 ←今ココ
  2. キャリア編 軍事政権から民事政権に「制度」が劇的に変わるミャンマーに飛び込む。「弁護士」資格があることが海外に出る障壁に、そこにチャンスを見出した発想とは。 
  3. 学生にむけて編 0から自分自身で勉強して苦労をしながら何かを身につけるのは、すごく大事なこと。ただ、お手本となるような内容やビジネスマナーというのは、最初から会社で学んだ方が良い。 

勉強の面白さに気づき、学年1番に。

エイミー:高校時代どう過ごされていましたか?

堤さん:高校はスポーツが盛んな学校でしたので、僕は山岳部に入っていて、引退するまで部活漬けの日々を過ごしました。生徒の半分は進学する学校だったので、僕自身も進学しようと、部活引退後から本気で勉強を始めたんです。それで真面目に勉強してみたら、意外と面白かったんですよね。新しく何かを覚えること自体が楽しかったですし、覚えたらそれが試験の成績として、すぐ結果となって返ってくるのも嬉しくて。部活引退後の1ヶ月間の勉強で、それまで校内で400人中200番くらいだったんですけど、一気に1位になったんです(笑)

エイミー:えー!いきなり1番ですか!!

堤さん:そこで、あれ?僕って勉強できたんだ・・と気付きました(笑)それまで、僕はどちらかというと勉強をバカにしていたんです。「数学って本当に役に立つのかな?」とか、「引きこもって勉強しているのがカッコ悪い」とか、あるじゃないですか。でも真面目に取り組めば、勉強はすごく意味があることなんだと分かり、一気にはまっていきました。

エイミー:大学の進路はどう決められたんですか?

堤さん:もともと現代社会の科目が好きで、中学の時に公民の授業があったと思うんですけど、僕は特に憲法のところが好きだったんですね。それで大学の進路は、なんとなく法学部だなと思って、九州大学の法学部に進みました。

ドイツでのボランティア活動。海外に魅了される。

エイミー:大学生生活はどう過ごされたのですか?

堤さん:最初の大学1年の時はバイト行って、サークル行って、飲み会して・・と定番の大学生活を過ごしました。ただ元々旅行が好きで、高校時代には18切符を使って、実家の佐賀から東北まで旅行したりしていて。大学に入ったら、もっと旅行したい!海外にも行ってみたい!と思っていたので、大学1年の夏休みにドイツにボランティアに行きました。

10数カ国から20人が参加していて、参加者のほとんどはヨーロッパ系、母国語が英語ではないけれど英語をつかって会話をする、そんな人たちに囲まれてのボランティア活動で。そこで、ちゃんと英語勉強しないとな、とも感じましたし、何より海外って楽しいな、と思ったんです。

それで次の大学1年の春休みには、ベトナムとカンボジアにバックパックしに行きました。そこでの経験が僕にとって大きな転機になったんです。

本当に必要な支援を実現するには。

堤さん:ベトナムとカンボジアで会ったのが、たくさんの物乞いの子どもたちでした。当時の僕でも可哀想だからと、1. 2ドルをその子たちにあげることはできる。しかしそれでは本当に彼らを助けたことにはならない。可哀想だという素直な感情があっても、綺麗ごとだけでは何もできないんだ、と気付かされたんです。

本当に助けるのなら、子どもによっては家族がいなかったり、住む家や行く学校がなかったりするので、家や学校を提供することが必要だと。ただ、そういったことを実現するにはお金が必要ですし、また僕一人の力だけでやっていくのには限界があると感じました。

人を巻き込んでなにか物事を進めるのに、当時学生だった僕ができることもあったと思います。でも僕は、お金も社会的地位もある人が声をかける方が協力を求められやすく、本当に必要な支援を実現できると思ったんです。それで、そういった職業は何があるだろう・・と考えた時に、僕にとって身近だったのが弁護士で。それで、弁護士になろうと心に決めたんです。

自分には弁護士しかない。

堤さん日本に帰ってから、すぐ司法試験の予備校に入学しました大学には全く行かなくなり、予備校にこもって勉強するようになりました。当時の試験は、学部生でも誰でも受けられる旧司法試験で、大学在学中に受かろうと勉学に励みましたが、結果が出ず・・落ちた時は本当に辛かったです。数年かかってもしょうがないし、そんなの当たり前だと人は言うんですが・・それもわかるんですけど、自分的には誰よりもやった自信があったので。

エイミー:勉強そのものの辛さですとか、また弁護士以外の進路を考えることはなかったですか?

堤さん:正直、司法試験の勉強は辛かったです。今でも勉強は好きなんですけど、司法試験の勉強は同じことを繰り返し覚える、暗記がメインなので。大学4年の時は特に、これだけやってダメなら才能がない・・と普通の就職の道を考えたこともありました。ただ具体的な就職先を考えても、自分が本当にやりたいと思える仕事はなかったですし、自分の原点を振り返った時に、やっぱり自分には弁護士しかないと思ったんです。

再び、海外バックパッカーになる。

エイミー:大学卒業後の進路はどうされたのですか?

堤さん:僕の大学卒業時がちょうど制度の変わり目で、ロースクールに行って卒業した人だけが試験を受けられる新司法試験が導入されるときでした。旧試験にこだわり続けることはないと、大学卒業後はロースクールに進みました。

当時は、自分の人生の中で間違えなく一番勉強した!と言えるくらい、睡眠、食事以外の全ての時間を勉強に費やしていました。1日10何時間、毎日ひたすら勉強するというのを2、3年していたんですね。それでロースクールの入学試験の成績で奨学金をいただいたり、成績に困らない点数が取れていたので・・ロースクール入学後から旅行を再開しました(笑)

エイミー:旅行を再開ですか(笑)

堤さん:毎年の夏休み、春休みに長期で旅行に出てたりして・・旅行に行っていて履修できない授業もあったり(笑)また司法試験受験から研修までの期間も半年くらいあったので、その期間にも旅行に行っていました。社会人になってからも1週間くらいは休みが取れるので、その度に海外に出ていたら、滞在した国が90カ国以上になりました(笑)

エイミー:90カ国以上・・!

つづき!

キャリア編 軍事政権から民事政権に「制度」が劇的に変わるミャンマーに飛び込む。「弁護士」資格があることが海外に出る障壁に、そこにチャンスを見出した発想とは。

カンボジアやベトナムのように国が「経済」発展して変わる、ではなくて、軍事政権から民事政権に「制度」が劇的に変わると。このような国の転換期に立ち会うチャンスは、今後自分の人生でないだろうと思ったんです。同時に法曹業界でもアジアに展開しようという流れがあったので、現地ミャンマーに行こうと決め、ヤンゴン支店のある弁護士事務所に移籍し、ミャンマーに移りました。

SAGA国際法律事務所 代表弁護士 堤雄史氏キャリア編より

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